僕自身のキロクとキヲクを気が向いたら書くというスタンス。
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2週間
2011-03-26 Sat 08:24
 未曾有の震災から2週間。まだまだ続く余震の不安、そして原発の放射能の恐怖、いまだ見つからぬ行方不明の方とそれを案じる家族の方々…それを思うと、何ともいいがたい気持ちになりますが、一刻も早く、被災地の皆様に安息の日が訪れることを願って止みません。

 僕の方は、あれから、平和に元気にやっております。年甲斐もなく友達とオールで遊んだりなんかしましたが、なんていうか、家にいるだけだと気持ちが塞ぎがちになりそうだなっていう考えからなんですよね。

 まぁ、あの日の記憶は本当に今も頭にこびりついて離れない。
 地震が起きた瞬間の尋常ではない揺れと、パニックになる店舗。あの日は、もう、街も人も何もかもが何が何だかわからなかったはず。
 電車が止まり帰れなかったあの日、駅は人で溢れ返り、コンビニは長蛇の列。僕が行ったコンビニは地震のせいで屋上から水が漏れていました。
 電車が止まり、バスで千葉に少しでも近くなるように帰ろうとして、並んだバス停の長蛇の列と、待ち時間の冷え冷えとした空気。集団パニックに陥ったように、次から次へとなくなるガソリンや食料。

 何だろう、寒さもあったせいか、もう、この世の終わりのような、絶望的な空気。いつもと空気の色も違った。
 あの日の違和感みたいなものは今も思い出すし、潜在的な恐怖なのかもしれない。
 思い出したくないけど、忘れちゃいけない現実ではあります。

 あの日はなかなかみんなと連絡がつかず不安になりながら、でも時折繋がる電波とメールに心癒されながら、減り行く携帯電話の電池を見つめながら、避難所で寝ました。電車止まって帰れなかったから。



 テレビから流れる津波の映像やニュースには心が痛む。その中でも、こないだはおばあさんとお孫さんが助かったなんてニュースをきき、あぁよかったなぁなんて思ったり。


 千葉でも余震があって、もはや、地震がなくても揺れてるような錯覚を覚えたりして、何だか気持ち悪い。


 そんな中でも、僕の身近な友達にも宮城県石巻市出身がいて、気が気ではなかったでしょう。幸い、ご家族は無事で、家は津波の被害にあったものの流されはしなかったそうで。
 まぁ、僕も気が気ではなかったんだけど…。

 これからが大変なのかなって思ったり。


 とりあえず…僕は僕なりに生きてはいるけど、まだまだ計画停電や余震やら不安なことは一杯で、だけど、楽しく前向きに生きていくことが、再興の道なんだなぁと強く実感しています。



 ぽぽぽぽ~ん!(笑)←なんちゅーしめ方だww
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